食生活 〜 神戸・大阪・京都
神戸の食とその背景
兵庫県は、摂津・播磨・但馬・丹波・淡路の旧5カ国からなり、それぞれの地域性を背負って、食べ物は多彩 です。さらに4つの海(日本海、播磨灘、大阪湾、紀伊水道)が、豊かな海の幸をもたらしました。それに加えて、3つの道(山陽道、山陰道、南海道)、さらに他国の産物や技術をもたらしました。
なかでも、江戸時代に、兵庫の津と呼ばれた兵庫の港は、西日本各地から大阪入りする船の寄港地と、北前船の回船業によって、おおいに繁栄しました。
特に、今日の神戸の食を特徴づけたのは、1868年の神戸港の開港です。外国人の町が開かれるとともに、西洋料理、中華料理、洋菓子、パンなどが、生産・販売されるようになり、日本全国に広まりました。
このように、神戸の「食」は、大変豊かな産地と食材、そして異国文化との融合により生まれました。
最近は、旧居留地周辺に、海外のファッションブランドのブティックが軒を連ね、西日本一のトレンドゾーンになり、おしゃれな若者を集めています。
それに呼応して、新しいスタイルのレストラン、パリの街角かと見まちがうようなカフェ、ケーキショップなどが話題となっています。南京町ばかりか、元町周辺には隠れた中華料理店を探す愛好家が行きかいます。
大阪の食とその背景
近世には「天下の台所」と呼ばれ、水運・鉄道の便がよく、全国の物資の集散地となり、その後も商都として繁栄しました。大阪府下でも都市近郊型の農業・食材生産が行われてきましたが、むしろ「物資の集散地」としての側面 が強いようです。北海道からはこんぶが、広島からはかき、下関からはふぐ…といった具合に、他の地方のすぐれた食材が手に入り、食べ物屋=外食店が繁栄し、素材をどう料理して食するかの創意工夫が、「食い倒れの街」を作ったと考えられます。
消費の中から生まれた食文化ではないでしょうか。
京都の食とその背景
平安京以来、千年以上都がおかれ、公家文化と周辺に住まう町衆文化が融合し、独自の京都文化を作り上げました。年間を通じて、祭事・行事が多いことが特長で、「ハレ」と「ケ」の巧みな使い分けが、食生活にも浸透しています。ふだんの庶民生活は、素朴で簡素な食事をとっていますが、行事では、京野菜を巧みに使った、京料理・精進料理などの洗練された料理が作られています。
京都府下で生産される京野菜は、「ハレ」の京料理が育まれていく過程で、生産・改良がなされたようです。
都としての特殊性が生んだ食文化でしょう。